亡くなった人とのつながりを大切に温めていく風習

いつでも気軽にお墓参りをすることの出来るお墓を見つめることが最も大切なお墓選びとなります。
しかしどんなに近くても管理がしっかりとされていないお墓では後々後悔してしまうこともあるのでご注意ください。 お墓の購入を考えているのでしたら、当サイトなどのお墓情報サイトを参考にして基礎的な知識を勉強しましょう。
まずは当サイトを参考にしてお墓について勉強をしておくと良いでしょう。もし先祖から引き継がれているお墓があれば良いのですが、無ければ新たにお墓を購入する必要があります。
墓地を購入するには様々な用語や複雑な決まりや手続きがありますので、想像以上に難しくなっているのです。日本人は命日やお彼岸、お盆の墓地へのお参りを行い、亡くなった人との繋がりを大切に温めていく風習があります。
生前にどこかに住まいが必要と同じことで、亡くなった後の魂の住まいがお墓なのです。



亡くなった人とのつながりを大切に温めていく風習ブログ:11月08日

終戦直後、
おいらたち一家は、谷中の3軒長屋で暮らしていた。

詳しく言えば、
ママとお姉ちゃんとおいらの3人で、
父は南方戦線からまだ戻っていなかった。

当時の9時食は、
どの家もたいてい芋粥だった。

お粥の部分はお姉ちゃんとおいらが食べ、
ママはいつもサツマイモの部分を拾って食べていた。

まだ小さかったおいらは、
ママはサツマイモが好きなのだと思っていた。

そして12時のご馳走は焼芋である。
外でチャンバラごっこをしていたおいらは、
今まさに新撰組と切り結んでいる最中に、
「やきいもー」という焼芋屋の声がする。

そうなるともう新撰組もない。
おいらはあわてて家に駆け込み、
無駄でも「焼芋買ってくれ!」とママに頼むのであった。

サツマイモばかり食べている日々なのに、
なんでまた焼芋かと言えば、
おいらたちが普段食べていたサツマイモは
「タイハク」とかいう水っぽいものなのだが、
焼芋屋の芋はホントに美味い「キントキ」だったのである。

そんなわけで、
お姉ちゃんとおいらはたまに焼芋にありつけるのだが、
ママは決して焼芋を食べることはなかった。

いつも「焼芋は胸が焼ける」「今日は食欲不振」と言って、
焼芋にかぶりつくおいらたちを見てただ笑っているだけであった。

しばらくすると、
お米もちゃんと配給になり、
菓子パンだって何時間も並べば買えるようになった。

やがて、父も南方戦線から帰って来て
おいらたちは長屋を引っ越し、サツマイモなど長屋時代の思い出は
遥か遠いものとなっていった。

お姉ちゃんとおいらにお粥を食べさせようとして、
自分はサツマイモの部分を食べていたママ。

そのくせ、お金がないためか自分だけ焼芋を食べなかったママ。
ママは一体、サツマイモが好きだったのか嫌いだったのか…

今年の中秋の名月の日には、
ママの仏前に焼芋でも供えようかとおいらは思う。